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江戸湯日記

 

ただいま、七人の侍ならぬ、七人の湯侍とともに、

関東近県の湯屋をあまねく湯あたりして歩くのが夢の、ジョージ♨ユーカスです。

いきつけは、青山の清水湯、神楽坂の熱海湯、第三玉の湯、

清澄白河の辰巳湯(2012〜13年にぴったり)あたりでせうか。。。

2013.03.23
2013.03.23

鶴の湯(船堀)

〜水墨の湯は大きな天然温泉の電気風呂だった〜

 

初めて降りた船掘駅。北口を出て右横の交番で、「船堀小学校の近くに“鶴の湯”という銭湯があるですが…教えていただけないでしょうか」「あっしは、来て間もないもので…あるんですね“鶴の湯”ね〜」

「どちらからいらっしゃったんですか?」

 「しがない所ですよ、ええ」

 “しがない所”って、どこだろう??都内ですか?と尋ねても教えてくれない。

 逆に職務質問状態で、鶴の湯参りは始まったのだった。

 それにしても、“しがない”というセリフは、日常で聞いたことがない。

【しがない】もともとは、“さがない”の音が変化して“しがない”になった。

取るに足りない、つまらない、みずぼらしい、貧しい

 という意味だけれど、どうしても寅さんの故郷が眼に浮かぶ、あの銅像が。

 鶴の湯は、一見、脱衣場も湯船もとくに個性はアピールしていない。

まるで、“うちは、しがない天然温泉の銭湯ですから…冷水の浴槽もしがない天然の冷泉でさぁ〜”

なんて、言いそうなくらいだ。もちろん、富士山もない。

 ところが、水墨画の墨を薄めたような熱めの天然温泉の湯船には、バーンと電気風呂と掲げられている!

しかも、両脇の電極が大きいのだ。電極の真ん中で、

横に座ったり、縦に足を伸ばしたり、もうビリビリ来る電気の具合が

自在に調節できるのだ。電気風呂マニアにはたまらないものである。

シビレルくらい気持ちいい、しかも温泉ときたもんだ!

 “しがない天然温泉の電気風呂でさぁ”

 高い天井のどこからか、そんな声が聞こえてきそうな気がした。

 ※外には、四角く空が見える、温めの温泉の露天風呂も完備。

 

2013.01.12
2013.01.12

清水湯(武蔵小山)

〜正月太りとぎっくり腰を治したくて〜

お正月に太るのは、お正月のめでたさと比例しているから、まだ良い。

お正月に3kg太ったあなたは、3kgの何もしない幸せを身にまとったわけだ。特に腰回りとかね。走る、登る、腹筋する、ヨガする、などなんでも「する」ことが努力だったり、自己実現だったりという日常は休んで、せっかくカミサマがいらっしゃるのだから、家にいて、ただひたすら“じーーっつと待つ”。留守にしてたら、福さまが逃げちゃいますからね。そんなわけで、自分はまたまた、何もしないでも正月太りを解消できるという銭湯「武蔵小山温泉 清水湯」の当主さんのブログを見て、馳せ参じたわけです。

 夕方、6時半。立派な構えの入り口には、家族連れやカップルが続々と吸い込まれていた。

 え?みんな、デブってましたかって?

 いえいえ、入り口では正確にはわかりませんでしたが、裸のつきあいの状態では、たしかに皆さん、姿勢がよく、後ろのめリ気味の方が多かった。

 自分は2kgの肉団子を腰に巻いて、風呂掃除をしようとしてギックリ腰ぎみになったので、前のめりで静かに湯船を放浪していましたが。それにしても大混戦の湯はつらい。

そこで、武蔵小山といえば、“商店街と立ち飲み”が名物ですから、ぶらぶら歩いて、大分名物の唐揚げ4個250円をつまみながら、卵専門店や人物大の鉄人28号の店をのぞいたりしてたらノドが乾いてしまった。ぐるっと1周したくらいのところで、「げんこつ」という暖簾を発見。外のメニューを見ると、どれも150円ばかり。ここでちょっと補給してみようと引き戸を開けたら、ご年配の男女が2組いて、仮装大賞をみていた。(欽ちゃん、お元気そうですね)

 なごやかな温泉のような時間が漂っている。ビンビール300円とキムチ150円、そして隣の農家のおじさんのような方がブルドックソースをたっぷりかけて旨そうにつまんでいたクリムコロッケ150円をたのむ。

 Alwaysな空気を30分ほど堪能したが、みなさん、批評が的確というか、厳しいというか。卓球ネタの2組は、オチがない、と一刀両断であった。

 長居は、飛び火のもと、と思う(笑)。

 武蔵小山温泉は、本当に450円で2種類の天然温泉を堪能できる銭湯だった。

黒いツルツルすべすべの湯と、茶白濁ぎみの海水温泉だ。

 どちらも、メインの湯船の外にあって、5人ほどはいるといっぱいになる。人気なのは、海水温泉のほうだ。

 「(浴槽から)でたときは温まっていないと思うけどホカホカしてくるよな!」と小腹の中年が仲間に話しかけていた。

 たしかに、その通りで、湯船の横には3対の寝そべりデッキが用意されている。気遣いを感じる。

 内湯は黒い湯で、そのジェットバスの砲撃が太くて強く、好みであった。おかげで体重は減ったのだろうか?

 いやいや、一度くらいでは無理だろう。。。

 帰ってみて計ったら、63.9kgであった。

 

2012.12.06
2012.12.06

えびす湯(横浜中華街)

〜生麦でかけつけ三杯がいけなかった〜

 

江戸の頃も、街道の茶屋で飲み過ぎて、気づいたら夕刻までに目的の宿まで着けなかった!などということがあったのではないだろうか。

 まさか、自分らがそんなことになるとは夢にも思わなかった。

前回は、残暑の中、日本橋から川崎宿まではしんどかったわけだが、12月なら足取りも颯爽かと思いきや、とんでもなかった。生麦事件のあった場所の近く、キリンビール工場の見学時間(14時)にこれでは間に合わない!そう気づいてからの足取りはしんどくて、工場の周りは工事中で、“この先あと450m”の看板が見えてからも、ケロリン軍曹と抜きつ抜かれつの猛ダッシュ状態が続く。。

 先に受付しておいて〜〜〜の声を背中で受け流す余裕もなく、ぜいぜいはーはーひーひー言いながらやっと5分前に着くことができた。

 50分の見学が長いこと、とっくにノドはカラカラ。。

 しかし、案内嬢の「お好きなビールを3杯まで、20分間でお楽しみください」その声を聞いたときには、ノドをツバがごくりと通ったのだった。

 最初に選んだ一番搾り、うまいのなんのって、できたてのクリーミーさが際立つ。二杯目は、一番搾りの黒生。これが、なんと、今までにどの黒生でも味わえなかったシルクのような味わいとノドごし。これはアメリカンクラブの地下のギネスバーよりも旨い!三杯目は、日本の味わいというか、クラシックラガーでございました。

そして、最後の最後は家庭でもできるビールの注ぎ方を教えていただいた。その発泡酒のようなビールを二人でわけたから、計三杯半。

すっかり真っ赤な顔で、このまま横浜宿をめざして、いったい何時に着けるのやら。。中華街に入った頃には、ネオンがぎらぎら。お腹はぐうぐう、カラダはぐらぐら。

でも、飯よりも、一風呂浴びなければ、湯学委員の名折れ、甘栗や饅頭の呼び込みを肩でかわしながら、目的の銭湯「えびす湯」に着いたときには、ケータイの電池も人間の電池も切れる寸前だった。

番台のおばさまに、「充電させてもらえないでしょうか?」と尋ねたら、「100円いただきます」ときた。悩んだ末、450円払って、人間だけお湯でゆっくり1時間ほど充電することにした。

それにしても、高過ぎませんか、ケータイの充電料。。

この「えびす湯」のユニークな点は、歩き湯があること。

腰上ぐらいまで湯につかりながら細い玉砂利の湯床を歩いて足裏から刺激する。何度か往復してわかったのだけれど、途中の玉砂利に、ひとつだけ高さのある石が隠されていた。その頂上に足のツボを好きなだけ当てて揉むのである。これに気づかないで、さっさと湯を脱出したケロリン軍曹は足の疲れを引きずっているにちがいない。湯殿では、急いては疲労を退治し損ねるのである。。

 

2012.10.05
2012.10.05

政之湯

〜日本橋から歩いて8時間、川崎で命を洗う〜

 

五街道の基点、日本橋に朝8時15分に集合して、旧東海道を神奈川宿まで歩いてから近くの銭湯にいきませんか?」突然そんな提案が、鎌倉在住のケロリン軍曹からあったのは1週間ほど前。

 

「いいよ♪ おまえさんは鎌倉からちゃんと集合できるのかい?」

 

「朝6時の始発で向かいますから〜」なんとも身軽な軍曹である。時間通り、朝8時に橋のたもとで待っていたら、どぶ臭くてまいった。。合流して、臭いから逃げるように銀座を目指す。

 

まだ朝8時半を回ったくらいだから、銀座には通勤者の歩く姿はほとんどない。

 でも、歩道の先に人の群れがある。なんだろう?ちょうど資生堂の前の歩道で、

モップをごしごし押して作業している人があふれていた。

 

目地や汚れを、洗剤もつけて、じつに丁寧に落としているではないか。

いわゆるビル清掃の人ではない、ちゃんとした資生堂の社員だ。

部長職のようなかっぷくのいい人もいれば、女性店員の若だれもが、真剣な表情で歩道を磨いている。博品館を過ぎた高速道路の下でも、法被姿の一行がごしごしと…

でも、手つきはあきらかに馴れていないもの。気合いも入っていない、きれいにしようという心意気がちょっと落ちるとみた。

 

銀座への思い入れが、掃除に出るんですねー。

 

京急の線路下に隠れるようにあるラーメン横町、知りませんでした!

ほどなく、国道15号線と平行するようにある旧東海道の第一の宿場町「品川」だ。

 先をみるとかなり下っている。案内のある入り口は海抜6m以上で、ここから海岸線へ出るような気持ちにかられる。途中で煎餅屋さんがあった。

 

「煎餅でもつまみながら一休みしましょうよ」とケロリン軍曹。「品川巻きって、ここらあたりから発祥したんじゃないですか?」

 

「え?そうなの。。」(自分)

 

二袋で525円の品川巻きを買いながら、「品川巻きというのは、ここで生まれたんですか?」と尋ねると、「そうなんですよ、目の前に海岸があってそこで海苔がとれましてね、浅草海苔もここ品川から持って行ったものなんですよ」

 きっと軍曹のことだから、ネタを調べ尽くしておいて確信犯でお店に入ったにちがいない、そう思った(笑)品川宿は、9月29〜30日に「宿場まつり」があったばかり。もう1週間早かったら“おいらん道中”を観られたに残念だ。

 それにしても、こんな賑わいのあった宿場町の通りに、処刑場「鈴が森」があるなんて、まさに見せしめなんだなと思う江戸八百夜町が燃え尽くされたあの「明暦の大火(振袖火事)」の罪を課されて火あぶりの刑に処されたという伝承の「八百屋お七」。江戸城が燃えてしまった出火地点は3つあったというし、その1つ、本郷の本妙寺が火元というのもえん罪のようだし、江戸中を火の海にして16の娘一人が火あぶりの刑とはなんとも不思議。あとで調べたら、この鈴が森では10万人が処刑されたとか、、怖くなったので、そそくさと多摩川をめざしたのは間違いではなかったかも。。

丸子の渡しがあった橋の欄干から下をみたら、ゴルフの打ちっぱなし練習場があった。天井もなく、野球場のような光景で、金曜日の午後、多くのおじさんが振っていた。そのすぐ脇の鬱蒼と草が生い茂る中に、ブルーシートの家がいくつも点在している。最も川に近い家にはよく観ると電線が引かれていた。

TVのアンテナもある。この光景は、坂口恭平氏のいう0円ハウスだ。出発前に「独立国家のつくりかた」を読んでいたので、ここに住む多摩川のエジソンのみなさんが少し身近に感じた。このころ、ケロリン軍曹は“コマネチポーズもできない”くらい疲れて、股関節が痛くなって、その手前の蒲田辺りでは手の関節の間がパンパンに膨らんでしまっていた。疲労で乳酸菌が急増したのだろう、あわてて自販機でキレートレモン120円を二人で飲んだところ、多摩川に来るころにはだいぶ手を握れるようになっていたのでホッとした。これではとても神奈川宿まではいけない!

川崎の本陣のあった跡やそのすぐ近くにあった平屋の宿「たつみや」を観光しつつ、

地下の冷泉を沸かして入浴できる「政之湯」に向かった。

政之湯の湯は、真っ黒い温泉かと思ったら、きれいに澄んでいて、手足がじんじんと湯でほぐれていくのがわかる、いい湯だった。政之湯通りと政之湯商店会を抜けて、開店寿司を探し、帰路につく。

 

次は川崎宿からどこの宿場の湯をめざすことにしようか。。。

 

2012.08.01
2012.08.01

鶴の湯(台東区上野)

〜番台から鶴のひと声〜

 

もし、テニスの試合から、審判台と審判が消えてなくなったら…

もし、ジャンプの競技から、審判タワーと審判員がいなくなったら…

もし、ボクシングの会場から、審判員席と審判がなくなったなら…

 

銭湯から番台が消える、ということは、それくらい“とんでもないこと”だと、

上野の鶴の湯さんに行って改めて感じた。テニスコートは女湯と男湯に分かれていたりはしゃぁせんが、選手は審判を信頼して、安心してプレーができるわけで、銭湯から番台と女将さんが消えたら、シャワーはがんがん出しっぱなしにするわ、石けんやシャンプーの包装はちらかすわ、湯を勝手にがんがん水で薄めてぬるくするわ(笑)、それはもう大変なことが起きるわけだ。

 

番台がなくなって自動販売機に変わった老舗の銭湯ほど無惨なものはない。

 

番台で交わす“ご近所じゃないのにご近所みたいな会話”もできなくなり、酔っぱらって入湯するやからだって増えるってこと。

 ところが、鶴の湯の女将さんは、実に愛想がいい。声が明るくはしゃいでいる。だから、比較的無口な男の脱衣場からも、和やかな会話が生まれてくるから不思議だ。

 番台は、見張る、というだけじゃない。

 

辞典をひくと、

【番台とは】銭湯や見世物小屋などで、入り口設けられ、

入湯料や観覧料を受け取ったり見張りをしたりするための高い台。また、そこに座っている人。とあるが、

 

これは説明不足もはなはだしいですよ、あの、粋な解説が多い「新明解国語辞典」でも無粋なくらいこんなもんだからいやんなっちゃう。

 「浴室の鶴のタイルがけばけばしくなくて、落ち着いて入浴できていいですよね」そう尋ねると、「そうなんですよね、ここのオーナーさんがこだわって、有田焼のタイルで描いたもので、うちの看板なんですよ。看板が浴室にあるから、表には(鶴の湯という看板は立てず) “ゆ”とだけ暖簾をかけているんですよ」

 なるほどなるほど、粋だねー!

 マンションの銭湯で、こんなに落ち着いて湯船にいられたのは初めてだった。

 帰ろうと思い、トイレに行こうとしたら、飛び石と灯籠があって、ここも落ち着いた雰囲気が漂っていた。最後まで、ぬかりわないわけだ。

 暗くなって外に出ると、交差点の向こうにスカイツリーが見えた。

ちょっとうれし。お腹がすいたので、3Bタコスのお兄さんの店に行くことにした。

 

2012.06.17
2012.06.17

曳舟湯(墨田区京島)

〜80年、人様の汗を流した日々〜

 

昭和の始めから、毎日々々、流したのは汗だけじゃない。封切られたばかりの映画「モロッコ」を見て恋の傷をひとり流し、初めて迎えた「母の日」に母と娘で苦も労もいっしょに流し、震災復興事業でつくられた墨田公園の辛い思い出を流し、初めて乗ったダイハツのオート三輪の風とホコリを気持ちよく洗い流し、そのすべてを新しくなった「花王石鹸」でさっぱりと流す。

 

そんな時代から、曳舟湯は庶民のもろもろをきれいに流し清めてきたのだ。

 

この17日を最後に廃業される。そう教えてくれたのは、住育研究家のTさんだった。ありがとう。それにしてもこの素晴らしい白壁の造り、鶴や亀の懸魚をあしらった屋根。最後の日に記念撮影してから、親子で汗を流す人々が絶えなかった。

悲しいけど、嬉しい光景だ。番台では白髪まじりのカッコいい旦那さんがいつもと変わらない様子で、でもやはり憂いを感じる。しかし、浴場で頭を洗っていたら、隣に置いてあった木製の桶とプラスチックのイスをスタスタと片付けにきた。

 最後の最後まで、手抜きはいっさいないぞと、発信している。おかみさんも脱衣場を昔ながらの帚で小気味よく掃いている。天井や壁は塗装したばかりのようにひび割れもなくきれいだ。もったいないとは言ってはいかん、廃業の理由はお聞きしたいが、聞いてどうにかできるものではない。胸にしまって、裸で、脱衣場の先の庭で涼むことにした。

 金魚と、鯉もいるだろうか?11匹が暗闇の池で静かに最後の時間を過ごしていた。この金魚たちはどこへいくんだろう… 薄っすらと正面にきれいな白壁が見える。その壁を越えた先には、ビルがなければ、スカイツリーが見えるはずだ。

 

80年分のヒストリ湯が、きょう終わろうとしていた。

 

2012.04.03
2012.04.03

燕湯(御徒町)

〜燕湯の燕返し〜

 

ニンゲン、何が怖いって、不意打ちほど怖いものはありません。しかも、その不意打ちは、朝一番の公衆の面前、上野にほど近い御徒町の朝風呂でおきたのです。

 

6時45分。この日は、「燕湯」の営業開始の6時に番台に450円をポンと置いて一番乗りで「山手線各駅停車の湯ツーリズム」を縁起よく始めようとしたときだった。4の、5の、と世間の晴れがましい入学式や入社式の雰囲気を気遣い?

出遅れたおかげで、目の前で裸の不意打ちを目撃したのだ。

 燕湯の入り口には、朝の6時から「わ」と書かれた板が掛けられ、

湯が沸いた(営業中)、としゃれていた。ちなみに、「ぬ」という板をみたら、抜いた(終了)のことである。すっきりとしたデザインの暖簾をくぐると、男湯と女湯を分けるように、ほんものの桜の木ともくれんが生けられている。体内年齢45歳と同じ番号の下足入れに納め、番台の女将さんをちらりと伺うと、若女将だった。

 これは、湯作法には厳しいぞ。

 案の定、備え付けのシャンプーをもどさない客を見つけ、スタタタターッと番台から駆けて行った。湯船は、銭湯とは思えないほどよくできたもので、

まるで岩風呂のようだ。岩を正面に見ながら腰を沈めて見上げると、富士山の裾に描かれた松が数本、岩風呂の岩から実際に生えているように見える。

 耳元ではルルルルと岩湯が湧き出るごとくいい音が聞こえる。

 次に、隣の泡風呂にどっぷりと首までつかってみた。一気にほてってきた。湯温は43℃、熱いはずだ。

 浴槽の脇に腰掛けて涼んでいたら、岩風呂の方からいきなり若いツバメ、ならぬ若いサラリーマンがひょいとまたいで泡風呂に移ろうとしているではないか!

 ずいぶん横着な。。

 と、思ったら、アタマの上の手ぬぐいが一瞬空中に飛んで、左足ごと湯船の深みにはまって頭から突っ込みながらバシャバシャと浴槽の縁を探してかろうじてつかまったのだ。

 「だいじょうぶですか?」 ついつい声をかけてしまった。

 「はい、初めてなもので、馴れていなくて…」

 それはそうかもしれないけど。。

 岩影から飛び出した、若いツバメリーマン、みごとに燕湯の深い長い刀で切り返されたの図である。

 「ぼくも初めてなんですよ…朝早いですねぇ」というと、「10時に不動産屋さんにいくので、その前に…」とのこと。

 思わぬ失態を、公衆の面前、この場合は公衆浴場ですが、見られてしまったとき、「いやーあ、(泡風呂の)深みにはまって、このまま女湯までもぐっちゃうかとあわてました(笑)」などと切り返してくれる若いツバメリーマンは最近いなくなったように思う。

 山手線の朝湯は、素人が深みにはまりやすいことがわかった。湯あがりに、会社に向かう流れに逆行する自分にはまって、庄助さんのようにならないようにしなくちゃ。

 

2012.04.02
2012.04.02

バンドューシュ(半蔵門)

〜二兎を追う、花見ダイエット〜

 

開花宣言から3日目。

桜の咲き具合も気になりますが、内臓脂肪12Kgも気になる今日このごろ。このふたつの気になる、を、同時に解決する方法はないだろうか?

 二兎を追って成功する道を見つけねば。

 というわけで、桜が散るまで、ほぼ1週間から10日でしょうか。半蔵門駅を出て、皇居ラン、ならぬ、皇居サンポで桜を愛でて内臓脂肪を愛でる。花見ダイエットをはじめることと相成りました。

 半蔵門の皇居入り口にある桜は、三分咲きくらいで威勢がいい。警護の方々は、毎日が花見である。が、しかし、騒ぐこともお酒を嗜むこともできない花見…

 ぞっとしますよね。あっしには耐えられません。目の前に、あでやかな桜が日に日に咲き誇るのをじっと見つめ続ける。艶やかな楊貴妃桜という種類でないことが、せめてもの救い?1年分のおめかしを、警護しながら愛でる。これはほぼ拷問のようなものでしょう。

 そんなことを思いながら、桜田門へ下って、一路銀座アップルへ。アップル→銀座の生青汁→半蔵門→銭湯バン・ドゥーシュという皇居サンポでふたつの気になる、を、なんとかすることに。銀座のアップルは、平日とはいえ、さすがに混んでいます。空いてるiPadを探すのにうろうろする始末。目的は、iBooks Authorはどれくらい使い物になるのか?「iPad用の美しいマルチタッチの教科書を誰でも作れるようになる」らしいです。それなら、店員さんは使っているんだろうか?と尋ねたら、男性店員は「まだ日本語化されていないんじゃないですかね…。

「えええっ、そうなの?」そこで今度は違う人に聞いてみることにした。女性店員「まだ日本での事例はないんですが、私はデジカメ写真を並べてアルバムにして使ってます。出版や印刷したことはないんですが、まず無料のDLで試してみてはいかがでしょうか」そうなんですね。しかも、このオーサリングソフト?は、iPad表示でしか使えないこともわかって、逆にトライするなら今だ!と思った。じっとしていても内臓脂肪は減らない、銀座では花見もできない。でもノドが乾いた。アップルのちょっと京橋側の一本裏通りに「生青汁」発祥の店「遠藤青汁 友の会」がある。青汁は、ここの遠藤先生が最初につくったんですよ。

気合いを入れて、ぐびぐびっと一杯250円の生を飲み、一路半蔵門を目指すことにした。

※それにしても、ここの店の女性は顔の肌がピカピカ!青汁のおかげだそうだ。

桜田門の先、正面からランナーが駆け下りてくる。

マジックアワーの時間のせいか、どのランナーもかっこ良く見える。

少なくとも内装脂肪10Kg超えのランナーはいないだろう。国立劇場前の信号を渡り、円形のホテルを右手に見ながら、あの掃除機のダイソンのオフィスのはす向かいに銭湯「バン・ドゥーシュ」の灯りが見えた。歩道ではランナーが支度をしている。間違いない、ここだ。並びには、4品で980円のお疲れさまセットの中華があるが、ここで飲んで食べたら、もともこもないでしょう!窓越しに見たら、背広族ばかりで、改めて身が引き締まる思いである。

 

半地下みたいに階段を4、5段降りてドアを開けるといきなり番台だ。明るいおばさんが、これどうぞ♪と小さなパックをくれた。「まずは2週間」と書かれている。とりあえずビール、じゃなく、花見ダイエットはとりあえず1週間の予定ですが、なんだかこのKAGOMEの試供品ドリンクに、“目標が低いんじゃないの”とばかりに決意の甘さを指摘されてしまった気がして。ほんとにねー(汗)。脱衣場はオフィスのロッカーのようだけど、まだ7時前だったから、ランナーは2名だけだった。なぜわかるかって?そりゃー、裸でお互いに見合うとほかの4、5人さんは“おいらは違うよ”とばかりにお腹が出てるんですもん。

 浴場は狭いですが、とっても清潔で気持ちがいいです。富士山はありません(笑)。

浴槽は1つだけで、3人でいっぱい、3つジェットが付いているので、皇居ランで疲れた腰、そして向きを変えて足の裏にびんびん当てると最高。浴槽の一番手前のジェットにすれば、ヘリに座って、疲れた足首にジェットを当てやすいことがわかりました。ランナーのみなさんは気づいているでしょか?

 うれしいことに、ボディシャンプーはビオレ、頭はカネボウのリンスインシャンプーが、綺麗なコバルトブルーの長方形の容器に入って用意されている。この容器が清潔感をさらに際立たせているんだな、なるほど。。と変な感心をしてしまった。こんどは、ランナーが大挙して来る時簡に入りにきて、身体のあるべき姿を再確認せねば。。

 

2012.03.22
2012.03.22

大黒湯(北千住)

〜横綱のようなお風呂とがっぷり四つ〜

 

北千住駅から、スマホのナビに20分以上も市中連れ回しの刑にされ、あと270メートルです、という表示から目を上げた。すると、大黒湯の湯船で4時に待ち合わせしましょう!そう約束した奈良のせんとくんそっくりの師匠が目の前を歩いていた。いやいやなんとも助かりました。このままスマホを信じたら、左折の道も通り過ぎるところでしたわ。

 

いよいよ東京の銭湯の横綱に会えたのです!!

 

 

実に威風堂々、さっそく「わの一」の下足入れを選ぶ。入り口の、小さな板に「わ」と書かれた、“わいた(沸いた)”の縁起にこだわっただけですが。。ロビーの広いのなんの、脱衣場の天井の高いのなんの、驚くことしきりです。さっそく裸になる。湯船の入り口、左にはなんと木製の身長計測器があるじゃないですか。師匠にお願いして、計ってみたら、166.3cmしかない。あれれのれ、3cmも縮んでいる。肩を落として足下をみると、懐かしい「Fuji健康マッサージチェア」があった。

昭和2年創業の大黒湯さんが、27年後の昭和29年に、創業間もないこのマッサージチェアを置いたのではないだろうか。

 

昭和29年の入湯料:15円 → 現在450円

牛乳1本     :15円

マッサージチェア :10円 → 現在100円

コーヒー     :50円

ラーメン     :40円

ビール      :120円 (現在生ビール99円もあるけどね)

 

圧倒的に、この懐かしいマッサージチェアを試さない手はない。だが、次回に他の湯学委員ときたときのお楽しみにすることにした。理由はやっぱり湯あがりのビールが待ち遠しいからだ。

 それにしても湯船から見た天井も高い雀やヒバリを放して湯につかりながら飛ぶのをみたいくらいである。露天風呂も銭湯とは思えない開放感だ。かくして、昭和初期の銭湯を後にし、師匠が飴屋さんに連れて行ってくれることに。。

その名は「石黒の飴」。なんと昭和8年創業だそうだ。材料は沖縄の特等の砂糖で、玄関にでんと置かれていた。正面には、あの棟方志功さんの師匠だった人の木版画が掲げられている。目を皿のようにして、飴を3種選んで帰ることにした。

 

2012.03.20
2012.03.20

蛇骨湯(浅草)

〜世界の終わりから、江戸の湯へ〜

 

この世の終わりから、今日はタイムスリップするように江戸末期創業の浅草田原町「蛇骨湯」に飛んでみることにした。あの震災の前に企画したという

世界の終わりのものがたり(お台場:日本科学未来館)」に出かけた。この展示を企画されたキュレーターの荻田麻子さんは、震災後「もはや逃れられない73の問い」という副題をつけたそうだ。“もはや逃れられない”というフレーズを会場でみたとき、きっとそうにちがいない、と思った。最初は100の問いがあったらしいが、そぎ落として推敲して、73の問いになった。

73の問いのひとつを、頭からかぶっている人がいた!

「生きている」ってなんでしょう?

そう書かれた三角帽子の彼にカメラを向けたら、ポーズをとってくれて、その見返りにだろうか?

「この問いに答えてくださ〜い」、とあっしに声をかけるじゃないですか。。思わず「今です!」と答えてしまった。すると「哲学的ですね…」と立ち去っていくのだった。

 

2012年、お台場で、たっぷり世界の終わりを、あるいは自分の人生の終わりを考えることになったわけだ。終わらなければ始まらない!

 あの江戸の時代を終えて、今の平成の時代に息づく湯屋はどこや!この74番目の問いの答えは浅草「蛇骨湯」である。

 杉浦日向子さんの「入浴の女王」にも登場する銭湯だ。田原町のこの銭湯の辺りから、大きな蛇の骨がでてきたことから“蛇骨”と命名されたそうだ。 江戸時代の三大長屋のひとつ、“田原町蛇骨長屋”もこの一体にあったという。

(ちなみに、あっしは巳年ですがなにか?)

 

大正モダンな当時の看板建築は戦争で焼失、今は面影はない。夜8時10分。入り口の窓には、若いカップルが湯あがりで一休みしている姿が見える。自動販売機で入湯券を買う。番台はなく、地元の人?とにらまれることもない。それにしてもキレイな現代の銭湯だ。だが、お湯は褐色の、ちょっとニオイのする本物の温泉だった。ジェットバスも温泉、カランの湯も温泉、電気風呂ももちろん温泉。露天風呂からは、脱衣寿のテレビも見聞きできる親切なつくりだ。

 蛇骨湯でいちばん驚いたのは、その電気風呂の強烈なこと。まるで巨大な蛇に睨まれて、身動きできないくらいビリビリしびれる!疲れた患部、自分の場合は両脇の臀部なんだけど、そこがズキズキと揉まれる。効くのだ、じつに蛇骨電気ブランな感じ♪

 ぜひ蛇に睨まれたような温泉電気風呂を試したい方にはおすすめだ。

 

 

2012.03.16
2012.03.16

第三玉の湯(神楽坂)

〜地震で裸で飛び出したくないから〜

 

グラっといきなり揺れて目が覚めた。またかと思って、時間を見たらまだ朝の4時過ぎ。あのホワイトデーの夜9時過ぎに来たM6.1の大きな揺れを思い起こしてしまった。今夜は、浅草の「蛇骨湯」で、ほんものの温泉を450円で楽しもう♪などと思っていたんだけど、なんだか不安になってしまって寝付けないわけですよ。

 

なぜかって?

 

そりゃもう、裸で銭湯にいるときに、グラグラっとまた来て、すっぽんぽんで飛び出すことになったらどうしますか?場所は浅草、雷門の近くですから、どこぞの演芸場の芸人がストリーキングやってるよ、とごまかせるかもしれませんが、もしも銭湯で裸のおじいちゃんを背負って自分も裸で飛び出す!!なんてことになったら“裸でじじ救い登場”などと激写され、次の日の号外にデカデカと載るかもしれないじゃないですか。。

 

そんなことを、安い薄い毛布の中で考えながら、それじゃどこの銭湯が地震で揺れないかなぁ〜と、ふとんから腕を出してスマホで検索していたら。。

 飯田橋駅から西の武蔵野台地が揺れに強い!とあった。ランドサットの映像で見ると巨大な“魔法の絨毯”のようだ。しかし、ここにも立川断層が走っているから、それを避けて銭湯へ向かわねばならん!それなら、半年以上行っていない「神楽坂の第三玉の湯」しかないぞ!

 あそこなら、神楽坂の上。東西線の地下鉄から浸入してくる巨大津波にのみ込まれる心配もない、高い場所なわけです。われながら、そこまで考えて銭湯にいくか、とあきれまする(笑)神楽坂を上り、細木数子の事務所のあった(いまは空き事務所のまま)交差点を右折して、妙にクセになるラーメン屋さん「伊太八」のすぐ近く、「第三玉の湯」が見えてきた。

 奥まった玄関を入ってすぐの「1番」にスニーカーを入れる。屋台のようなしっかりした番台には、旦那さんではなく、奥さんがいた。笑顔がやさしいが眼鏡の奥で、しっかり常連さんかどうかを見分けている目だ。男湯の脱衣場の暖簾をくぐって、ここでも入り口にいちばん近い「11番」の中に服を入れることにした。

ふと目をくぐってきた暖簾の方に向けると、あらあら、11番でブラブラ脱いでいたのが、特に胸から下が丸見えじゃあございませんか!!

 まあでもね、出口に一番近い場所が、1番と11番というのは、あっしには縁起がいい。それならと、浴場でも一番近いカランにした。そこは、お金持ちが入るサウナ御殿の出入り口。真っ赤にほてった腹の出たカラダといっしょに、熱気がおだやかにお裾分けされる場所だった。ささやかな喜び?とはこういうところにもあるもんですな。。

 背中への強力なジェットバス、その隣で着座するジェットバスで、ふぅ〜とため息をつく。外からほぐしたら、次は向かいの電気風呂で、筋肉の奥までビリビリと揉む。もうこの時点でかなりいい湯で加減のタコさんなわけですから、あわてて水風呂へ、慎重に沈む。ここで慌てると、成仏しちゃいますからねそして、温めの漢方薬湯「宝寿湯」でほっとするというのが、あっしの玉の湯レシピなわけですが、これを3回繰り返して、今日は5回、そうすれば2時間コースだな。などと高いきれいな天井を見上げようとしたら。頭がスキンの小柄なおじいさんがスタスタと入ってきて、温い「宝寿湯」をケロリン桶で半分汲んで、そこに蛇口の水を加えて満たし、手慣れた感じでかがんで股間を洗い、、、と思ったら

 やおらケロリン桶を右手でフリスビーのように右手後方にぶん投げた!!「カランコロンケロリンカラリン♪」と大きな音を天井まで響かせて、その桶は水風呂とカラン群を仕切るスキ間に鎮座したのです。

 実に手慣れたものです。あまりにその手さばきに見とれていたせいか、「まぁ長男がついでくれたら、それはいいよな、いくら給料がやすくたって安泰だわな」と笑顔であっしに話しかけてきたわけですよ。

 「どんな商売を継がせたんですか?」

 「ここ、ここ」

 ああ、話はここの旦那さんのことだったのか。。常連さんだ、このしとは、などとわざと江戸っ子ぶって頭の中でつぶやいた。

 そしたら、このケロリン桶フリスビーおじさんは、知り合いとひとしきり健康談義して、さっさと出て行ってしまった。すると、右腹に水がたまって、病院から帰ったらその週はタバコもパチンコもいっさいしなかったよ!とあっしに話しかけてくるではないですか。。

 

まさに銭湯はコミ湯ケーションのひろばなわけですね。

 

2012.1.20
2012.1.20

塩湯(四谷三丁目)

〜お岩さんにお参りしてから〜

 

新宿への街道をはさんで、「丸正」というスーパーの反対側の離れた一角に「塩湯」はあった。そのスーパーの店頭には、なぜか、「お岩水かけ観音」があり、買い物の前に、あるいは通行の途中でチャリを降りて、手を合わせ、お水をかける姿をなんどか見かけたことがある。

 江戸に初雪がちらほら降る暮れ六ッ、お岩さんに手を合わせ、「塩湯」に行ってみた

 入り口の暖簾が粋である。くぐると小さな壷庭があり、男湯と女湯に分かれる。

 下足は何番にしようか?とあがって探すと、木製の長い柵があった。10番台の鍵がついている。これは?そうか、傘入れであった。なんとも親切な、みぞれ雪に濡れた傘をたたみながら、何番にしようか迷って横に足を進めたとたん!

 背後で、ゴツゴトスーッツっと耳障りな音がした。

振り返ると戸が開いて、誰かが入っていったようだ。なんて素早いやつだ。よほど急いで湯船につかりたいらしい。何しろ初雪の日だからなぁ。。

 それはさておき、何番に傘を入れようか?と我にかえる。

 銭湯の密かな楽しみは、なんといっても、この“何番に入れるか?”だ。自分の決めている番号がことごとく埋まっているときは、もうあがらんでいい!帰ってしまいたくなるものだ。

 いつもは、誕生日の1番か、11番だが、傘入れにはどちらの番号もなかった。もしあったとしても、次は下足入れの番号、そして着替え入れの番号、と3種を使い分けなければならない。だから傘入れの番号はこだわらずに、好きなチャーシューは最後に食べる式で好きな番号はとっておくことにした

 そんなこんなで悩んで左右にうろちょろしたら、ふたたび背後でゴツゴトスーッツっと耳障りな音がした。振り返るとまた誰かがすーっと番台のある方に入って行ったようだ。

 傘入れは、1番、11番は使わずに残しておいて、いちばん出口に近い19番にしよう。

 そういえば、NHKのディープピープルという番組で、3人の「胃がんのスーパー外科医」さんたちが手術の前後でさまざまなこだわりを互いに披露していた。その中の一人の医者は、手術前のロッカーキーの番号を必ず結婚記念日だったか、息子さんの誕生日の数字にしていた。たしか、患者さんの術後の経過がよかったときの記念の番号を選んでいたと思う。

 競馬で大当たりの番号とかでなく、患者のためを思うというのが、さすがディープだ!

 さて、入り口で、一人そんなことばかり考えていないで、次は下足入れの選択にとりかからなきゃ。。。

 するとまた、ゴツゴトスーッツ…まさか、働き者のお岩さんがこっそり男湯に遊びにきたんじゃないだろううな?そう思って入り口の戸に近づくと、勝手に戸が開いた。

 

なるほどなるほど、自動ドアの銭湯だったのか! 初めてである。

 

ドアが引き下がるのを見届けてから、すうーっと音もなく足を運んで左に振り返ると、番台には“お岩さん”!!じゃなくて、かわいい、顔の小さいお岩おばあさん、じゃなくておばあさまがいた。笑顔がやさしいのだ。

 寒かったのでそそくさと脱いで、湯船を一望したら、横一列で畳2枚ほどの浴槽が4つ。左から梅竹松だろうか?深い湯船→着座式ジェット→下から泡ジェット、そして四番目の浴槽は、水風呂だ。

 この順序で、タニタ体重計の体内年齢の数、43を、ひとつ、ふたつと数えて42までいったら隣の浴槽に移ることを繰り返した。決して、数を、1枚、2枚…、ひとつ足りない。。などと数えてはいけませぬぞぉ。。

 これを、3クール、12湯回?続けたら、雪の夜でもポカポカの春のようになったった。

 

2012.1.11
2012.1.11

数寄屋橋交差点の足湯

〜足もとは十勝岳温泉〜

 

みなさんは、次のどの足湯が好きですか?

 

[1]電車の中で裸足になって足湯につかる

[2]回転すしのイスに座って足湯につかる

[3]美容室(理髪店)のシャンプーと同時に足湯につかる

[4]居酒屋の掘りコタツで足湯につかる

[5]釣り堀であたりを待ちながら足湯につかる

[6]ネイルサロンでネイルしながら足湯につかる

[7]お坊さんに説法を聞きながら足湯につかる

[8]銀座のど真ん中の交差点角で足湯につかる

 

ぼくは、この日、8番を楽しみました。

それも、真知子巻きで有名な数寄屋橋のソニービルの角で。。

それも、ただの水道水の足湯じゃない。北海道の中央、十勝岳温泉の足湯だったのです。

目の前にははっきりと交差点を行き交う人々が見えます。その昔、赤尾敏氏が交番の前で街頭演説をしていました。その頃、北海道にいるはずの弟と上司の方と、この交差点でお昼頃ばったり会ったこともあるなー。そういえば、昨年秋、母が十勝岳温泉は雲海を見ながら露天がたのしめて良かった、と話していたなぁ。。そんなタイムマシーン効果のある足湯でした。

 

さて、横にいた小太りの外国の観光客さんは何を思っていたんだろう?

 

2012.1.10
2012.1.10

世界湯(日本橋人形町)

〜世界初、湯船の中で待ち合わせ♪〜

 

江戸時代の湯屋、男女混浴時代の待ち合わせの話ではなく、現代の男と男、それも体内年齢43歳の男同士が平日の午後4時30分に、“銭湯の湯船で待ち合わせる”ことになった(笑)。きっと、世界初ではないだろうか?

 その相手は、わざわざ鎌倉から出てくるケロリン軍曹!

 そもそも世界湯さんには、5年前から行ってみたいと思っていたのだが、この日打ち合わせをする相手のIさんが、世界湯さんに同級生がいる!というので、がぜん行ってみたくなったのだ。

 人間、何がきっかけになるかわからない…それで、ケロリン軍曹、どう?とメールすると、思案中→GO!というお返事。世界湯、という名だけあって、男湯と女湯の入り口が世界一離れている、別々の玄関なのだ。

 さて、かの同級生とお聞きした番台の方は、、、と450円を差し出す。日本橋っ子なんだろうなーという雰囲気があるが、見つめるわけにはいかない。目線の先は女湯だ。あわてて、湯船や洗い場の中に、待ち人を探したがいない!おいおい、一人でからぶりかいなぁ。

 とりあえず、頭を洗って、と見ると短パン姿の三助さんみたいな方が、お腹のぷっくり出た布袋さんそっくりな顔立ちの方のカラダや手足を洗っていた。

 世界湯さんは、ご主人のそんなサービスがあるのか?などと思いながら、「こめぬかゆず湯」の少し白濁した湯船で彼を待った。。。のぼせそうだ♨

 ひとまず脱衣場に出て、ケロリン軍曹に電話し留守電を残した。

 「湯船で待ってるよ」

 そう留守録に残して、もう帰ろうかなと湯船から脱衣場を見たら、彼の姿が見えた!

 改めて、一緒にもういちどカラダを石けんで洗い、薬湯の湯船につかる。背にしたタイルには、女湯から男湯にまたがる背景画がある。もちろん富士山とその海岸の風景だ。だが、世界湯さんは、女湯のほうに大きな富士山が描かれていて、仕切りのカベが低くなっている。

 女性にやさしいのだ!

 男性陣が富士を見ようとすると、仕切りを超えた目線で、ちょっと遠目で見ることになる。

 なんだか男子の潜在的な欲望を見据えたレイアウトのような気がするぞ、これは(笑)。ま、そんなことは胸にしまっておいても、空間の広がりがじつに気持ちいい!浴場全体がとても清潔なのも気持ちがいい!

 目線を先の短パン姿のおじさんに移したら、布袋さんが湯船でつかるのを待っていた。そこですかさず近づいて行って尋ねてみた。

 「世界湯さんのご主人ですか?

高田の馬場にある世界湯さんとはどういうご関係ですか?」

 すると、「いえ、私はヘルパーですから…」

 いや、こりゃまた失礼しました!

 ケロリン軍曹から馬場にも同じ名前の湯屋があるというので、聞いてみたのだ。

 ヘルパーさんにお願いしてでも来たくなるのは、きっとこの気持ちのよい昔ながらの銭湯空間のせいなのかもしれないなー、などと勝手に想像してみた。

 女湯にやさしく、男女のカベが低く、気持ちのいい環境。

世界湯、名前に負けていないと思う。

 

2011.12.3
2011.12.3

金春湯(東京・銀座)

〜杉浦日向子さんを偲んで…〜

 

[湯こそ、全身で味わうスープである」

最初にこの一行を読んだときは、自分が鶏ガラになって、湯船に首までつかっている絵がぽか〜んと頭に浮かんでしまった(笑)。

 杉浦日向子著「入浴の女王」(講談社)の8ページにそう書かれていた。

 でも、その意図は、全身全霊、五感を総動員してお湯の魅力を堪能しなさい、ということですよね。気づくのに6秒くらいかかったかもしれない。。

 さらにページをめくると、銀座金春湯のスープの味について、『何しろマナーが良い。女湯定石の、「立膝古典」は頑に守られている』とある。

 そっかー、立膝姿で桶をカラダに密着させて、周囲にお湯が飛び散らないようにしているわけだ。

 では、男湯のマナーはどうなんだろう。

 実は、千葉県東金にある松の湯のすぐとなりのカフェでの個展を訪ねたときのこと。遅れてくる仲間を待つあいだ、1時間ほどみんなで湯につかってさっぱりしておこうとなった。全員がそんな支度も心づもりも何もなかったのにね。

で、男湯はシーンと静まり、黙々とカランの前で洗う地元のおじさんが3人。やおら、「こら!湯船からくむな!」とどなられたことを思い出した。

 なにも考えずに、ケロリンの桶を突っ込んでしまったからだった。

 相当に熱い湯なのに、だれも水を足す気配がない。45℃くらいある。お湯をムダに足したりひいたりしないのがここでの暗黙の習慣のようだった。

 さて、銀座の金春湯はどうだろう。

 

いざ、金春湯へ♨

 

そう思って、2011年の年の瀬、午後3時ごろに行ってみた。銀座の金春湯のある通りに折れる角には、この年の瀬でもワッフル派といちご大福派がぞろそろと行列をつくっている。どちらかというと男女年配層はいちご大福で、若い女性は少ない。自分はいちご大福に後ろ髪を引かれながら進んだ。30mほど歩くと、年越し蕎麦の提灯が見えた。暗くなった頃にくると余計なビルが見えにくくて風情があるだろうなぁー。

まもなく右手に金春湯の看板と暖簾。どこぞの山小屋帰り風の背の高いおじさんにぎょとりとにらまれながら靴を預け、番台へと進む。

 にこーっと、小さな梅干しのようなおばあさんが微笑んでくれた。名前はなんていうんだろう?金さんだったら、屋号とぴったりなのにね。

 入って左カランのタイルには富士山とカワセミ(魚を食んでいる)。正面のタイルには12匹の鯉が泳ぐ。湯気がよく立っている。そこから、「ハフー♪」「ハウー♪」「フウー…」とかちっとも色っぽくないため息が聞こえる。

 熱い湯のほうにはいるとみんなこうなるんだよね。

 ぬるめの湯、といっても43℃あるけど、だいたいはんはんぐらいの好みだった。

妙に落ち着いた湯空間だなぁ、と思ったら、広すぎず、しゃべりすぎず、ばしゃばしゃ湯をあびず、おだやかな音のせいだとわかった。

 帰りに、ソニービルの角では、北海道の弟子屈(てしかが)から来た足湯イベントが行われていた。こちらも、新年早々、初足湯に来てみたい。